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ヴォー・ル・ヴィコント城訪問&「ダイヤモンド展」

6月4日(月) はれ ヴォー・ル・ヴィコント城訪問&「ダイヤモンド展」



17世紀、財務総監のフーケは、この豪華な城館にルイ14世が招いたものの、逆に「王より豪奢な城館を持つ」ということで不興を買い、後に公金横領罪で逮捕され、終身刑を受けます。
ヴォー・ル・ヴィコントの城と庭園を手がけたメンバーを起用してルイ14世が造ったのが、ベルサイユです。
つーことで、ベルサイユの生みの親というか、源流だと思っています。
ここがなければベルサイユもあれほど壮大にならなかったんじゃないかなーと思いますし、「ベルサイユのばら」も生まれなかったかもしれない(そりゃ大げさか)!と思うと、行かずにはいられないところでした。

こちらには、単独で乗り込みました。
有名なお城だから、観光客もいっぱいいるだろう!とたかをくくって電車に乗ったものの、どうも観光客っぽい人が乗っていない・・・。
げ!ひょっとして、電車を間違えたか?
でも行き先はあってるはずだしなぁ・・・とちょっとドキドキしはじめたころ、「こんにちは~」と背後から声をかけられました。
多分同い年くらいの日本人のおねーさんでした。

用件はというと、
「地下鉄の切符が余っていたら売ってくれません?」
「10枚で58フランの回数券だから、2枚で10フランくらいでいいですよ」
ということで、交渉が成立したのですが。・・・おねーさん、小銭持ってませんでした。
「じゃあ、アメ玉3個くらいください~」
結局、妙な物々交換を車内で行ってしまいました。
このおねーさんはマルセイユから北上してきたツーリストで、フォンテーヌブローに行く途中でした。
フォンテーヌブローだったら、昨日のTVでナポレオンの博物館の特集してましたよ~なんて情報をやり取りしている間に、わたしがフランス語がぜーんぜん!できないということがバレてしまいました(笑)
そしてついに聞かれた、この質問!

「(フランス語ができないのに)どうして何度もフランスに来てるんですか?」
ピキィィ・・・ン!  ←白目で固まっているわたしを想像してください
ああ、正直に答えようかどうしようか・・・

【建前】フランスの歴史に興味があるんですよ~
【本音】ベルばらオタクだからでーっす♪

・・・数瞬の後、勇気を出して本音を述べることに。
(まぁ、この人ともあと10分くらいでお別れだし、いっかな~)というごく軽いノリで。
すると、思いも寄らぬ回答が!
「わたしもねぇ、ベルばらからフランスにはまって、学校でフランス語を勉強したのよ」

おおお・・・わが同志よ・・・!

そしてわたしの語学力を補って余りある(のか?)オタクな情熱を賞賛してくださいました。
いや、単なる怖いもの知らずだと思われてるだけかもしれないけど(ガーン)。

そうこうしている間に、Melun(ムラン)という駅に着きました。
ヴォー・ル・ヴィコント城に行くにはココが最寄の駅だし、フォンテーヌブローに行くにはココで乗り換えなくてはいけなかったから、ふたりとも下車しました。
そして相変わらずツーリストの影は、わたしたち二人以外に見当たらない・・・
とりあえずこの同志のおねーさんとはお別れして、いよいよヴォー・ル・ヴィコント城に向かいます。


お城には、Melun(ムラン)駅からタクシーに乗るというのはガイドブックにも載っていましたし、駅にツーリストインフォメーションがあるのも知っていたので、あとはまぁなんとかなるだろう!と思っていました。
が、タクシー乗り場にはタクシーも人もいないし、なんとツーリストインフォのカウンターはクローズ!
午前11時近くになっていたので、営業時間はとっくに過ぎているはずなのですが・・・。
フランスの方々の勤労感覚を、まさに体感した瞬間です。

カウンターで身振り手振りならともかく、わたしには、フランス語で電話でタクシーを呼べる力はありません。
ああ、どうやってタクシーを呼ぼうかな~、その辺の人に頼んじゃおうかな~と、しばらく駅構内をうろうろしていたら、先ほど別れたはずのおねーさんにばったり再会しました。フォンテーヌブロー行きの電車が出るまで間があるんだそうです。
ココで幸いとばかりにタクシーを呼んでもらい、なんとかタクシーに乗り込むことができました。
いや、ホントにラッキーというか、悪運が強いわたしです。
わたしには、オタクな神様がいつもついているんだね(いねーよ)。

タクシーで15分くらい田園風景の中を走ると、お城が見えてきました。
お城の駐車場には、乗用車がぎっちり。
【結論】こんなとこころにまで、タクシーで来るヤツはほぼ皆無のようです・・・。

お城の中は、フーケ一族の栄光と挫折というような流れを感じました。親族の肖像画(版画)が、白く塗りつぶされているのがなぜか気になりました。
終身刑を受けたのはニコラ・フーケだけで、特に連座制なんかなかった様に思うのですが、親族も苦労をしたのかもしれませんね。

ルイ15世の間、ルイ16世の間などと名前の付いた部屋もありますが、これは彼らが使用した部屋ではなく、内装や調度品の様式にちなんでつけられたものです。
王族が遊びに来た例というと、ルイ15世の妃、マリー・レクザンスカ(ルイ16世の祖母)が行幸した際の絵が今も城内に残されています。

地階は厨房やワインの貯蔵庫になっていて、ヴァテールが働いていた様子なんかが窺い知ることができました。
ヴァテールは17世紀の料理人で、フーケの料理長として雇われました。ルイ14世をこの城館に迎えた際に催された饗宴を取り仕切ったのも彼です。
彼の発明した料理のひとつにホイップクリームがありますが、これはその時に考案されたものといわれています。
前日のフーケの逮捕によって、ヴァテールはしばらく国外に亡命を余儀なくされます。
帰国後はコンデ公に仕え、映画の題材にもなった「シャンティイ城での饗宴」が原因で自殺してしまいます。
(詳細は「宮廷料理人ヴァテール」という映画をご覧ください)



中央になぜかヴァテールが。
映画とはずいぶんイメージが違いますね。

お庭に出ると、これがまた月並みな表現ですが「まるで絵のような」風景が眼前に広がります。
「絵のように」キレイなのはもちろんですが、なんだか現実感が希薄なくらい整った庭園です。
遠近感もすっかり狂ってしまって、お堀の向こうなんてカンタンに行けそうです。


写真中央奥の緑色の丘陵までレッツゴー。

いかん、自分は(遠近感に)騙されておーる!
とは思うものの、せっかくここまできたのだから、と、結局歩いてみることにしました。
お庭の隅っこには、ゴルフ場でよく見るカート(ゴーカートみたいなやつです)がレンタルできて、45分で80フランで借りることが出来ました。これでお庭の散策もラクラクこなせますね。
・・・でも、一応まだ20代で、しかも一人でこんなん乗り回すというのに不思議な抵抗があったのと(「いい年した娘が歩かんと」という目で見られそうなのが怖かったのかな)、その日わたしは身分証明書を持っていなかったので、結局乗ることは出来なかったのですが。

さて、お花なんかを見ながら歩いていくと、目の前にお堀が。
どうやって渡るんだろうな~なんて思っていたのですが、もちろんお堀に橋なんてかかってません。
・・・延々とお堀の外周を歩いて向こう岸に渡るという方法しかありません・・・。
外聞を気にしてカートを借りなかったわたしですが、このお堀を見てからかーなーり、後悔しました。
そんな折、もうもうと砂ぼこりを上げて疾走するカートがわたしを追い抜き・・・
ヒッチハイクするかこっそり後ろに飛び乗るかしようかなーと半分マジで考えながら歩いて、結局自力でお堀の向こう側の岡の上まで登りきることが出来ました。
こりゃもう、登山のような爽快感がありました・・・


絶景かな、絶景かな。

このポイントで約10分間昼寝ののち、同じ道を辿ってお城に帰還。付属の馬車博物館で、18世紀までの馬車だけ熱心に見て(だってへとへとだったんだもん)、お土産やさんのおねえさんにタクシーを呼んでもらいました。
帰りのタクシーは、行きと全く同じ運転手さんでした。やっぱり、お客さん少ないのね・・・
楽しかったか?というようなことをフランス語で聞かれたのですが、フラ語ダメダメなので、楽しかったー!ということをかろうじて英語で言ってみましたが、通じたかどうか・・・。
今度からは、「おいしかったです」のほかに「楽しかったです」というフレーズも覚えようっと。


ダイヤモンド展
さて、無事にパリに帰還後、連れと合流して、前日に引き返したダイヤモンド展にリベンジしに、再び会場に向かいました。
時刻は20時近く。(この展示会、23時過ぎまでやるんですよ)20時といってもまだ明るいので、全然夜って感じはしません。
気になっていた混み具合ですが、さすがに夕方に行ったときよりは行列が短くなっているので、これならまぁいいかと思い、行列に参加しました。


入り口です~

植物園は明るかろうが暗かろうが定刻に閉めるので、植物園のお客を追い出そうと、係員のおばさんが、ぴーぴーと笛を吹きまくっていました。これをぼんやり眺めながら10分か15分くらい待って、会場に入ることができました。

会場内は、基本的に薄暗くて、ダイヤモンドの輝きがより強調されていました。
ダイヤモンドを理科チックに分析するコーナー、歴史上の人物の肖像画に描かれた宝石の解説、そして現代のジュエリーデザイナーによる作品まで、盛りだくさんでした!

特に歴史上の人物のコーナーでは、肖像画に書かれた人物と、今まで気にも留めなかった宝石の解説がありまして、非常に面白かったです。
アンリ2世の妻、カトリーヌ・ド・メディシスのドレスは、真珠とダイヤモンドで埋められていて、実家のメディチ家の財力もうかがえますが、なにより「コレ着て歩けるのか?」と心配してしまうほどです。
ナポレオンの2番目の妻、マリー・ルイーズのティアラは肖像画と、そこに描かれたのと同じティアラが飾ってありました♪
アンヌ・ドートリッシュ譲りのダイヤモンドを大きな赤リボンの真ん中につけてご満悦のプチ・ムッシュ(ルイ14世の弟)や、
プロヴァンス伯の肖像もあって、身につけている宝石は母親の遺品とか、オタク心をそそる解説が付いておりました。
ルイ16世とマリー・アントワネットの長女、マリー・テレーズの全身を描いた肖像画もどーんと飾ってありました。
立ち姿を描いた全身像なんですが、初めて実物をみました。
意志の強そうなしっかりしたまなざしで、ブルボン家のほかの面々とは明らかに違う雰囲気がします。
もっとも、彼女が歩んできた人生を思うと、のんきな顔もしていられないのでしょう。わたしにしては珍しく粛然とした気持ちになりました。
解説には、身に付けているダイヤモンドはアントワネットの遺品だとありました。
(推測ですが、革命期に散り散りになった宝石類を、後年集め直したんだと思います)
王政復古後もこういったものを身に付けている彼女のエピソードを指して、ダイヤモンドのジュエリーは不屈の精神を誇示するものためのものになったというようなことが書いてありました。 英語の解説なんで訳がアヤフヤですが、こんな意味のことが書いてありました。
マリー・テレーズは、彼女ほど波乱万丈な人生を歩んだ割には、あんまり注目されてないんですけど・・・日本でも伝記とか、ぜひ出してほしいものです。

最後にマリー・テレーズの肖像画をもう一度拝んで、会場を後にしました。
パンフレットは2種類あって、分厚い方は高いし重いしで諦めました。やむなく小さい方を購入です。
帰りはさすがにへろへろで、優雅にタクシーで帰ってしまいました。夕暮れ時のパリ中心部をほぼ横断で、よいドライブになりました(^^)
翌日はいよいよベルサイユに出発です!

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