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オデオン座界隈 Odéon

地下鉄オデオン駅界隈は、フランス革命で活躍した人物ゆかりの場所が多く残っています。とはいっても「ベルばら」本編とはそんなにゆかりがないので、フランス革命史に興味がある方向けかもしれません。

◆ランシェンヌ・コメディ街 Rue de l'Ancienne Comédie

5番地:カンバセレスの家
21番地:マラーの家
16番地:ギヨタン博士の家
断頭処刑機「ギロチン」の名の由来となった、ギヨタン博士(1738~1814)が、革命初期から住んだ家です。 彼はパリから全国三部会平民議員に選出され、<球戯場の誓い>の舞台となった球戯場を第三身分の議員たちに紹介したのは彼でした。
彼は断頭処刑機の紹介者に過ぎませんでしたが、いつしかその処刑機は彼の名をもじって、「ギロチン」と呼ばれるようになりました。

◆サン・タンドレ商業小路 Cour du Commerce St. Andre

8番地:マラーの「人民の友」印刷所/ブリッソーの家
9番地:ギロチン第一号の製作所(ギヨタン博士と共にギロチン開発に尽力したシュミットのギロチン製作所)
旧20番地 ダントンの家
旧21番地 マラーがシャルロット・コルデーに刺殺された家。(現オデオン駅の辺り)

◆コルドリエ・クラブ跡 Le Club des Cordeliers

ダントン、マラー、カミーユ・デムーランらが所属していました。 パリ大学第六校の正面入口左側にプレートがあります。
住所■115, Rue de l'ècole de Médecine 75006

◆カミーユ・デムーランの住居跡 Maison de Camille Desmoulins

「ベルばら」のベルナール・シャトレのモデルとなった革命家、カミーユ・デムーランの住居跡。建物三階外壁にプレートあり。
住所■22, Rue de l'Odéon 75006

◆リュシル・デュプレシの住居跡 Maison de Lucile Duplessis

カミーユ・デムーランの妻となったリュシル・デュプレシが結婚するまで住んでいた住居跡。
住所■22, Rue de Condé 75006

◆エベールの住居跡 Maison de Hébert

「エベールめ!なんていやらしい男だ!あんなばかげたでっちあげを法廷にもちこんで神聖な革命をけがす気か あんなやつが仲間だと思うとぞっとする!」―ロベスピエール

扇情的な政治新聞「デュシェーヌ親爺」の執筆者であるエベール(1757~1794)が一時期住んでいました。
また、同じ通りの8番地には「リエージュのアマゾネス」の異名を持つ革命の女闘士テロアーニュ・ド・メリクールが住んでいました。彼女はここでミラボーやダントン、デムーランら革命家を招いて交流を深め、1793年に発狂するまでここに住んでいました。
住所■5, Rue de Tournon 75006



最寄駅■Odéon


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