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コンコルド広場 Place de la Concorde

「わたしの血が 祖国フランスの幸福の礎とならんことを !!」―ルイ16世
「さあ!見るがいい マリア・テレジアの娘の死にかたを」 ―マリー・アントワネット

ルイ16世、マリー・アントワネットなど「ベルばら」作中の人物および多くの人々がこの場所で処刑されました・・・。

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広場といっても、実際はクルマがびゅんびゅん走っていて、広場というよりロータリーのようです。

元々は「ルイ15世広場」といって、彼の病気平癒を祝って作られた広場でしたが、革命当時は「革命広場」と改名されました。 
広場中央にあったルイ15世の騎馬像は溶かされてしまい、かわりに「自由の像」が置かれました。
革命期に活躍した「ジロンド派の女王」として有名なロラン夫人が、処刑前にこの像を見ながら言ったとされる言葉が伝えられています。

「自由よ、汝の名の下にいかに多くの罪が犯されたことか!」 

現在は「調和」を意味する「コンコルド」広場に再び改名され、中央にはエジプト太守から贈られたオベリスクが建っています。 このたもとに、マリー・アントワネットとルイ16世がここで処刑されたということを記したプレートがはめ込まれています。

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ルイ16世とマリー・アントワネットの処刑を記したプレート

ギロチンは、オベリスクをとりまくいくつかの像のうちの一つ「ブレスト像」のあたりに設置されていたそうです。
ギロチンはパリ市内のいくつかの場所を転々としていますが、ここでは述べ1119人(諸説あり、1200人余りとも言われますが)が処刑されたとのこと。

 


最寄駅■Concorde

凱旋門、シャンゼリゼ大通り、そしてコンコルド広場、チュイルリー庭園、ルーブル美術館は一直線上にあります。
市内の観光をしていればまず目に入ってきますので、ついでに寄ってみるといいかもしれません。


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