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オスカル様は魔女?~おもしろ学問人生に反論!~

第三回:オスカル様は魔女?~おもしろ学問人生に反論!~

講師:峰樹茜さま


 少々古い話で申し訳ないが、NHKの番組『おもしろ学問人生』で異性装についてやっていたのでちょっと反論してみたい。
番組の内容はオスカルを引き合いに出し、日本ではどうして異性装がお茶の間に受け入れられたかということを服装史の観点から考察するというもの。この番組の結論は、日本の着物は男女とも同じ形をしているため、異性装に対するタブー意識がなく違和感を感じなかった、ということだそうだ。それでは異性装のオスカルが大人気という理由があいまいになる。違和感がないなら、例え簡単にお茶の間に受け入れられても、魅力的であるかどうかは疑問である。オスカルが性を超越した存在であるというのはわかる。しかしヨーロッパでの異性装は性倒錯だというのが、日本では当てはまらないという主張には納得しがたい。テレビの中でしゃべっているこの偉い教授が、別に宝塚もベルばらも好きじゃないっていうのがよくわかるのよね。宝塚にしても歌舞伎にしても、現代日本人にとって決して日常ではない。装うだけならサルでもできる。ズボンをはいていればオスカルかといえば決してそうではないし、一般的に男性がスカートをはいていたら周囲は驚くだろう。この番組の最も大きな間違いは(テーマとしてはズレてないが)、宝塚とオスカルを同じものとして扱っていることであり、その魅力が服装にあるとしている点である。今さら書くまでもないことだが、宝塚は男性を演じるのであり、舞台を降りれば女性である。歌舞伎の女形もしかりだ。オスカルとの共通点は単なる『男の服を着ていること』であり、全くの別物ということを早くU田先生に気付いてもらいたいものである。次からオスカル役は娘役がやるっていうのはどうかしら……。

 さて、番組が言うには西洋では異性装はさほど受け入れられていないらしい。ジャンヌ・ダルクの魔女裁判も彼女が男装していたことが大問題だったのは多くの方がご存じのことと思う。やっぱりオスカル様は魔女=男装は犯罪だったのである。15世紀にもなると服装の性差は流行や自由意思ではなく掟として見なされていた。掟であるということは、男女の区別を紛らわしくするような服装は厳罰に値すると考えられたらしい。それから時代をさかのぼり、13世紀の神学者、聖トマス・アクィナスは服装についていくつか示唆している中で『敵から逃れる場合や、それしか着るものが無い折には、女性が男装するのも止むなし』(「モードの社会史」より抜粋)としている。ということは、15世紀よりは寛容であるが、やむを得ない場合以外、男装は不可ということだ。果たして家庭の事情はやむを得ない場合に当てはまるだろうか。さらに時代をさかのぼる4世紀、「パフラゴニー公会議」の文章中では『いつも着る女の衣服の代わりに男を装うなら、呪われよ』(これも「モードの社会」史より抜粋)、などと言われる。ジャンヌ・ダルクの裁判ではこれを引き合いに出したのだそうだ。こうした習慣的思い込みの意識はそう簡単には改革できるものではないだろう。実に野蛮な話である。

 また男装に関しては、16~17世紀には男装の女性が存在し、女であることを隠して軍に所属した人がいるらしい。その理由は男性的な性格のためで、性別を隠したのはレイプされないようにするためなのだそうだ。それでいながら公然と男装した女性というのも存在し、なぜOKだったのかは不明だが、ローマ法王の許可まで得て男装した。これは17世紀の話だが、当時の男装は許可制だったのだろうか。まあ、多くの場合、男装は同性愛的なものだったらしいが。あいにく18世紀に男装の女性が存在したとの資料はまだ見付からない。気になるところだが、資料を見る限りは媚態という印象は受けなかった。ところで18世紀、エオン・ド・ボーモンのことを考えると女装の方は犯罪ではなかったのだろうか。国王公認の女装、又は女性騎士とされていたなどと、文献には様々な記述があり史実ははっきりとしない。男だとわかったのも死んでからだし。

 そもそも外国人の異性装に対する考え方というのがよくわからないのだが、今ではパンツスタイルも当たり前だし、異性装に対してさほど偏見を持っているようには思えない。ぜひ外国の方にベルサイユのばらの感想をお聞きしたと思う。日本人だって歌舞伎や宝塚に少なからず偏見を持っているのは事実だ。お茶の間に入り込んではいるが、受け入れるのは少数である。
 話を例の番組に戻そう。日本では異性装が性倒錯に結び付かなかったため、疑問も感じずにオスカルを美しいと思えたそうなのだ。揚げ足を取るようだが、じゃあ美しければオスカルが男だって構わないじゃん、と思う。オスカルの魅力については語り尽くされているので今さら書く必要もないが、ルックスだけじゃない、男装だけじゃない、魔女でもOK。その魅力を語るなら、せめて愛のある人に語ってほしかった。

<了>

[参考文献]
能澤慧子『モードの社会史 ~西洋近代服の誕生と展開~』1996年 有斐閣選書


この作品は、私設ベルサイユのばらファンクラブ<あらぶれぶ>会誌および氏のベルばら同人誌「服飾事典」に収録されたものを、ご本人の許可を頂いて掲載致しております。