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服飾史から見る「ベルサイユのばら」(第二回)

第二回:オスカル様の扇の謎!

講師:峰樹茜さま


独断と偏見と強引な仮説に基づき、ドレス姿のオスカル様が持っていたあの扇を考察したい。その前に、なぜオスカル様のあのドレスが『オダリスク』風なのか(どうでもいいけど夜会に衿のつまったドレスを着るのはマナー違反)。トルコ後宮の女性の服は絵画で見るものしか知らないが、少なくともあんなドレスは着ていない。ズボンをはいているのだ。だいたいトルコでは、椅子ではなく床に座るのだからあんなドレスは困るだろう(もしかして18世紀には椅子に座るようになるんですか?)。
で、画家アングルの『グランド・オダリスク』を思い浮かべていただきたい。この絵がなぜ『オダリスク』なのか。それは頭のターバンとくじゃくの羽根扇、これのせいだ。つまり東洋趣味の要素が盛り込まれていなければならない。おそらく池田氏はオスカル様のドレスでなく、この扇を『オダリスク』と表現したのだろう。…たぶん。


 ところで18世紀中頃、ヨーロッパでは折り畳み式の扇が一般的になり、畳めない扇はほとんど使われなかった。しかしオスカル様の持っている扇は畳めない扇だ。これはわざとなのか何なのか、はっきり言って時代遅れだ。あるいは百年後のモードを先取りか…。18世紀も後半になると扇の繊細さは頂点を極め、扇の骨などは現代人の目から見ると人間わざではないとも思えるほど精密な彫刻だった。そして羽根の付いた扇もあまり一般的ではない(16世紀ごろには大流行したらしい)。
因みに映画でアントワネット様がだちょうの羽根で扇ぐ場面があるが(ほかの貴婦人たちも使ってたけど)、あんなのは言語道断、常に流行の最前線をいく王妃様ともあろうお方が、何の細工もないだちょうの羽根1本を扇の代わりにするなどありえない。この時代、そんなのは仮面を付けるような幻想的な古典劇の中でしか使われなかったのだ。さらに映画のオスカルは夜会に扇を持って行かなかったが、これもマナー違反。正装のときは必ず扇を持たなければいけなかった。しかもあのドレスもうさんくさいし…。 
さて、オスカル様の扇、これには孔雀の羽根が使われている。オスカル様がドレスでダンスを踊ったのは1785年(ですよねえ…、嘘だったらごめんなさい)、アングルが『グランド・オダリスク』を描いたのが1814年、ということはオスカル様が、いや、ドレスを準備したのはばあやだから、ばあやが(もしかしたらジャルジェ夫人も)『グランド・オダリスク』に影響されたという仮説は成り立たない(あのドレスはばあやが縫ったのでしょうか?)。だいだい、ばあやがサロンで絵を観賞することなど有り得ないだろう。ところで孔雀の羽根は古代ギリシアでは富と上品さの象徴であり、ギリシアの女性たちに非常に好まれた。18世紀末期といえば新古典主義の時代である。芸術界ではバロックやロココに反抗し、古代ギリシア、ローマへの回帰が叫ばれた。とりあえず『グランド・オダリスク』の影響かどうかはおいといて、かなり強引だが、新古典主義というならあの扇も説明がつく。東洋趣味は当時の流行、新古典主義も流行(?)の最前線、しかも古代ギリシア、ローマでは折り畳み式の扇は使われていなかったのだ。

 

 そしてもう一つ。ダンスを踊るとき、あの扇はいったいどこにあるのか。史実では当時、扇にはかなめのところにひもを通し、房を付けることが多かった。女性たちはそこに手を通していて、まあこれならダンスも踊れると思われる。時には長いひもでウエストをぐるっとまわしてあったり、イギリスのエリザベス1世はひもをドレスのウエストに結び付けていたりもする。でもアントワネット様がダンスを踊るときは、どう見ても持っていない。身に付けている様子もない。最初から持ってなかったのかと思えば、前のコマではちゃんと持っている。扇持ちの係がいたのかしら、やっぱり。でもカラーの絵ではオスカル様は扇を持ったままだったなあ。持ったまま踊るんだろうか…。まあ、いいか。

 

 この頃の最も一般的な扇は、象牙の骨に絹や羊皮紙を貼り付けたもので、形としては現代の日本でもおなじみ、ひだの付いた扇だ。しかし原作をよく見てみると、王妃様をはじめ貴婦人たちが持っているのはこのひだ付きの扇ではない。日本でいう檜扇、つまり紙を貼らず骨だけでできた扇だ(お雛様が持っているあれです)。これはブリーゼ式扇と呼ばれ、17世紀後半から18世紀前半ごろまで使われていたが、18世紀中頃までにはひだ付きの扇に取って代わられた。これをアントワネット様が使うというのは、やはり時代遅れなのである。 <了>

 

[参考文献]
Alexander,Helen; 『Fans』 B.T.BATSFORD LTD., LONDON 1984
Lester,Katherine Morris&Oerke,Bess Viola; 『ACCESSORIES OF DRESS』  CHAS.A.BENNETTOSO,INC PEORIA ILLINOIS
田中千代『新・田中千代服飾辞典』同文書院 1991年
小学館 万有百科事典2 美術


この作品は、私設ベルサイユのばらファンクラブ<あらぶれぶ>会誌および氏のベルばら同人誌「服飾事典」に収録されたものを、ご本人の許可を頂いて掲載致しております。