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服飾史から見る「ベルサイユのばら」(第一回)

第一回:縞模様に秘められた話

講師:峰樹茜さま


どうせまともな結論なんて出ないのでそのつもりで読んでね。

 まず、MC5巻の表紙を思い浮かべていただきたい。あのオスカル様の服、はっきり言って趣味が悪い。あのわけのわからない縞模様はどうにかならないものかと思うが、縞模様には実は深い(かどうかはわからないが)意味が隠されている。
おもしろいことに日本でもそうなのだが、西洋においても縞模様は下賤なものであった。日本で嫌われたのはその単純さからだったが、西洋では二色の縞模様は主たる色がどちらかわからなくなるため、人々を惑わす模様、つまり悪魔の布とされた。簡単に言うとシマウマは「白い縞模様の黒い動物」か「黒い縞模様の白い動物」かわからない、ということ。囚人の服なども縞模様になっているからおもしろい。また悪魔的でないにせよ、縞模様の服は娼婦や奴隷というような隷属的なものの象徴になっていった。それじゃあ床に市松模様を使うのはおかしいじゃないか、などという突っ込みは入れてはいけないらしい。ところで、JAMばら「トルコの海賊と修道女」で小間使の着ている服がなんと縞模様、もしも作者が知っててこうしたならすごいことだ。ここまで調べていたらすごすぎる! でも事実は不明だ。アンドレも縞模様は着ていなかったし。

 18世紀ともなれば三色以上の縞模様に関してはかなり寛容になり「良い縞模様」も現れるが、隷属的イメージは完全に取り除かれず、「既成の秩序に違反する者」という発想はフランス革命にまで持ち込まれる。よく見るとフランス革命では実にたくさんの縞模様を見ることができる。詳しくは絵画などを見ていただきたいが、その縞模様はアメリカ独立戦争の時にフランスにやってきたらしい。アメリカ国旗の縞模様が自由のイメージと新しい思想の象徴としてフランスに持ち帰られる。それまで「喪失した自由」の象徴だった縞模様はアメリカ独立戦争のおかげで「獲得した自由」の象徴になったのである。
でもまあ、ロココの時代は結構なんでもあり、貴族の間でも縞模様はファッションとして流行した。縞模様が目の錯覚を起こすこともあり、かつては嫌われたが、この時代には流行するのだ。そしてフランス革命、縞模様は反体制の象徴になる。これは現代のだらしな系ファッションに通じると思うのは個人の勝手な解釈だが、「既成の秩序に違反する者」という発想がここにもある。サン・キュロットが長ズボンをはくのと同じ理由だ(因みに当時の貴族はキュロットをはき、長ズボンは水兵か農民がはいた。まして裾の広がったズボンなどありえない)。 そこで5巻の表紙、ちょうど黒い騎士が現れ革命の雰囲気が高まってきている頃、もしかしたらこれは革命の縞? …という解釈もできるが、やっぱりカラー原稿だから作者がおもしろがって塗ってみただけ、だと私は思っている。…だからまともな結論は出ないって最初に言ったじゃないですか。

 ところで、この服の形をよく見ていただきたい。この服、たもとがある。これはキモノだ。袖付けが違っているが、じゅうぶんキモノで通用するだろう。当時、東洋趣味が流行し、キモノも貴族たちの間では大流行だった。17世紀、キモノはインディアン・ガウン(英語、仏語では不明)と呼ばれていた。なんでインディアンかというと、当時の東洋からの輸入品は東インド会社を通じて入ってきたので、インド製だと思われていたのだ。18世紀には、これはかなり広義の言葉だがシノワズリと呼ばれ、もう少し時代が後になるとジャポニズムと呼ばれた。西洋では日本と中国の区別は曖昧らしい。このキモノは17世紀イギリスのサミュエル・ピープスという人の日記の中でインディアン・ガウンと呼ばれている。日本語訳も出ているのでこれが何と訳されているのか調べに行ったが図書館には前の巻までしか置いてなかった(後日確認したところ翻訳した人が亡くなったため、日本語版は途中までしか発行されていないそうだ)。

 とにかく、このキモノはとても高級な部屋着だった。輸入すると高いためもちろん西洋でも生産されてはいたが、なんか変なキモノである(オスカル様のキモノはきっとこれでしょう。袖付けが変だから)。現物を見ると一応キモノの形はしているが、背縫いすらない。まあ、現代日本人から見ると、いくら私室とはいえベルサイユ宮殿にキモノは無理があるんじゃないかと思うが、これは事実だ。キモノは単なるオシャレではなく防寒用でもあったらしい。でも、やっぱり無理がある。写真もたくさんあるし、展覧会に行けば本物を見られる。だけど変なものは変なのよ。作者はここまで見越してあのイラストを描いたのだろうか…。だけど素肌にインディアン・ガウンを着ることはなかったと思うんだけど。<了>

[参考文献]
ミシェル・パストゥロー『悪魔の布』松村剛・理恵訳 1996年 白水社

 


この作品は、私設ベルサイユのばらファンクラブ<あらぶれぶ>会誌および氏の同人誌「服飾事典」に収録されたものを、ご本人の許可を頂いて掲載致しております。