コンコルド広場



広場といっても、実際はクルマがびゅんびゅん走っていて、広場というよりロータリーのようです。(バスティーユ広場もそうでした)

もとはルイ15世広場といって、彼の病気平癒を祝って作られた広場でした。
革命時には、「革命広場」と改名され、広場中央にあったルイ15世の騎馬像は溶かさ れてしまい、かわりに「自由の像」が置かれました。
「ジロンド派の女王」として有名なロラン夫人が、この像を見ながらいったとされる言葉が伝えられています。
「自由よ、汝の名の下にいかに多くの罪が犯されたことか!」
現在は「調和」を意味する「コンコルド」広場に再び改名され、中央にはエジプト太守から贈られたオベリスクが建っています。
このたもとに、アントワネット、ルイ16世がここで処刑された、ということを記したプレートがはめ込まれています。


 

ギロチンは、オベリスクをとりまくいくつかの像のうちの一つ「ブレスト像」のあたりに設置されていたそうです。
革命当時はここにギロチンが設置されていました。述べ1119人(諸説あり、1200人余りとも言われますが)がここで処刑されたとのこと。

【参考】食前食後の人は、やめといたほうがいいおまけ画像







凱旋門、シャンゼリゼ大通り、そしてコンコルド広場、チュイルリー庭園、ルーブル美術館は一直線上にあります。
市内の観光をしていればまず目に入ってきますので、ついでに寄ってみるといいかもしれません。

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