再び大石殿から、メールが届きました。討ち入りは、家に帰るまでが討ち入りです。吉良上野ノ介の首を取る事ができたら、マイウエイを歌いながら街中を闊歩して行進しましょう。討ち入りの日には、遅刻しないでね。との事です。サドめはようやく欲しかったフランクシナトラのCDが買えました。では、続きです。 1794年7月28日:午前8時 ルバの遺体とロベスピエール兄弟、総評議会の部屋にいた、全てが護送馬車に乗せられて、連行された。テュイルリへ、それからコンシェルジュリ監獄へ送られた。身元確認の後、ロベスピエール派は革命広場(現:コンコルド広場)に送られ夕方8時頃ギロチンにかけられた。処刑はテルミドル11日、12日(7月29,30日)にも行われた。犠牲者は総計108人に達した。しかし、この処刑によって恐怖政治は終わりを告げたのである。ロベスピエール派は、占領されていた国土が解放され勝利を収めた後は、恐怖政治など必要なくなった事を理解できなかったのである。その為処刑された。ロベスピエール派の社会政策はかなり時間が経たないと効果の現れるものではなかったので、大衆的支持を集める事が出来なかった。たとえ農民が「封建」制度の完全かつ無償の廃止に満足していたとしても、労働者(要するにパリのサンキュロット)は最高賃金法に、激しい怒りを覚えていた。 特別企画「勇ましいぞ!我らが国王ルイ16世!」 1792年12月26日 国民公会にて「朕は良心に恥じる事は何もない」 それとは対照的に 同年12月27日 国王裁判にてサンジュスト 「我々は、全世界の前で国王を裁いているのだ!」 どうであろうか、素直な感想は明らかにサンジュスト氏の方がかっこいいとおっしゃるであろう。しかし、王とまでいわれた男が裁かれるのだ。冷静でいられようか、、。この潔さに、ルイ16世の勇気を感じる。本当は、勇敢な人だったのではないかと。がんばれルイ16世! 特別企画第2弾 ユダヤ人とフランス革命 1793年1月14日(くしくもこのサド公爵の生誕記念日) ローマで暴徒がユダヤ人ゲットーに焼き討ちをかけようとした。ユダヤ人をフランス革命の共犯者と見なしたのである。 どうであろうか、ユダヤ人は、いつでも歴史の受難者なのか、それともそうさせる原因があるのか、、、ユダヤ人て一体? 特別企画第3弾フリーメーソンとフランス 1725年 英国人により、フリーメーソンがフランスに紹介される。これは秘密結社である。反カトリックではない。 1738年:それでも、教皇はフリーメーソンを断罪する。いずれにせよ、フリーメーソンはすべての宗教を批判し、「啓蒙」を広めた。 18世紀にカトリックが弱まったのは確実であるそうだ。歴史の影に、フリーメーソンありといわれる。フランス革命も裏では彼らが、活躍したのかな?我々の生きている現在も、様々な変革はフリーメーソンが暗躍している。彼らが正義なのかいわいる悪なのかは分からないけど、経済危機や動乱などの影には彼らが起したといわれる。米国議員にはフリーメーソンのメンバーがいるとか。歴代大統領もそうだったといわれている。世界大戦などからみても、我々が彼らの影響を受けてないとは、果たして言い切れるだろうか?未来は彼らの手の中にあるのか? さて、いかがでしたか?特別企画は公式資料にサドの思う事を付け加えました。次回は、いつか分かりません。でも、本書の中で細かく書かれている「ヴァレンヌ逃亡事件」を機会があれば書きたいと思いますにゃ。 |