もんべるけいじばん・過去ログ集

00年9月6日〜9月10日


待ってた甲斐があるもんだ
たぬき(250) 投稿日:2000年9月10日(日)04時01分
アナスタシアさま、待ってたんだよん。
早く次読みたい。

遅くなりましたが・・・
アナスタシア(249) 投稿日:2000年9月10日(日)03時56分
「Mr.レディー Mr.マダム」・・なぜか子供のころテレビで3回くらい見た記憶があります。なつかしいな。たしかこれハリウッドでリメイクされるんですよね?

それはともかく、ずいぶん話題が飛んでしまってすっかりお答えのカキコが遅くなってしまいました。もういい、という方もいらっしゃるかもしれませんが、お約束ですので書かせていただきます。

>たぬきさま
ヨーロッパにおける資金・人・物の流れは封建時代から大規模に国境を越えておりました。だからこそ、中世のフランスやドイツは商品需要に対する大幅な供給不足を地中海貿易、バルト海ぼうえきによってまかなうことができたのです。
中世の貿易によって急速に富裕化したイタリア商人は、その商取引経験の蓄積でさまざまな会計技術を磨いていきました。具体的には為替の発行、帳簿のつけ方、貨幣の計算といった実務経験。
中世の北ヨーロッパでは地中海に比べてこうした経験をもった大商人や商社が不足していたため、フランスの王権はイタリア商社の実務能力と豊富な資金力に頼っていました。つまりフランスの財務管理を事実上外国商人にゆだねていたことになります。
イタリア商人たちがフランドル伯、神聖ローマ皇帝などに金銭上の処理を任されたときの役職が「代理人」「徴税請負人」という言葉になるわけで、「商業顧問」という地位も一種の名誉称号だったわけです。
このあたりのことについては: 清水廣一郎『中世イタリア商人の世界−ルネサンス前夜の年代記−』平凡社に詳しいです。
経済思想的な問題は:岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』ちくま学芸文庫などが面白くて分かりやすいでしょう。

16,17世紀になると、フランスも大陸間(ヨーロッパ・アフリカ・北アメリカ)貿易によってマルセイユ・ボルドーなどの商人が台頭し、彼らの貿易取引量や会計上の実務能力は向上していきます(ポール・ビュテル著、深沢克巳・藤井真理訳『近代世界商業とフランス経済』同文舘)

しかしフランスの商人以上に貿易・金融取引の上で活躍したのはオランダ商人でした。
オランダは海軍競争に敗れて多くの植民地を失ったにもかかわらず、(1)銀行などの金融機関を発達させ仲介者としての役割を果たしたこと、2アムステルダムを中心とする港湾都市が商船の求心力を保ったこと、によりヨーロッパにおける資金流通において大きな地位を占めます。このオランダの金融機関を通過したのはイギリス・フランスなどの外国の貿易資金であり、その仲介利益がオランダの懐に入ったわけです。

ではイギリスとフランスでは資金調達の面でどう違ったのか?(次に続く)

政治がらみのパロディ?
ギンネコ(248) 投稿日:2000年9月10日(日)01時31分
 たぬき様、こんにちは。
  
政治がらみで思い出したのは、20年近く前の映画で「Mr.レディ Mr.マダム」
というホモ・セクシュアルのカップルのドタバタ喜劇、あれも、2人の息子の恋人は政治家の娘でしたね。

映画にしろ、国家の替え歌にしろ、そういうとことは寛容なお国柄なのでしょうか・・。

フランスの・・ジャック
たぬき(247) 投稿日:2000年9月10日(日)01時18分
こんにちは、ギンネコさま。

フランスはきっと政治がらみのパロディが多いのだと思います。
わたくしが、はじめて見てびっくりした、っちゅうか笑ったのは、エロ映画(フランス)で、ねえちゃんがやられそうになってフランス共産党に助けを求めるとこ。
周りに聞いたら、フランス(エロ)映画ではよくあることだそうで、もっとフランス文化のジャックぶりを見せるのは、日本のポルノ映画をフランスでかける時、字幕が全篇右翼と左翼の掛け合い漫才のせりふに替えられた作品もあるそうです。

見てみたいんだけど。

恐縮しております。
ギンネコ(246) 投稿日:2000年9月10日(日)00時54分
たま様、はじめまして。
私のつまらない質問から専門家の手を煩わせてしまって、大変恐縮しております。

「役所がらみ」のサイトなのに、なぜバイアスがかっているか、理由がわかりました。貴重な情報をどうもありがとうございました。

例のサイト、本当に構成がしっかりしているんですよ。なにしろ、フランス語サイトに付き物の文字化けがないのは、本当にありがたいです。

そのサイトに載っている「ラ・マルセイエーズ」の替え歌を見たときは、本当にびっくりしました。

「さあ、カトリック軍よ、栄光の時が来た。共和国軍の血塗られた旗が、我々に対して掲げられた・・」

と続くのですが、 日本だったらまず考えられないですよね、役所関連サイトに「君が代」の替え歌を載せるなんて。「自主規制」ですわ(笑)
こういう歌を堂々とHPに載せられる懐の深さが、フランスの良さなのかもしれませんね。
せっかく乗りかかった船ですので、ヴァンデ戦争について色々調べてみようと思います。 

学ぶこと、あるいは革命とは何ぞや?
たぬき(244) 投稿日:2000年9月9日(土)22時35分
こんにちは、みなさま。
自分で学習するのはとても回り道です。
見当違いの方法論を採用したり、エピソードに振り回されて、何が重要か混乱したりと、無駄に見えることが多いです。
が、学習とはそのようなものではありますまいか?
人に聞くのは、どうしてもどうしてもわからないことだけ。
ただし、相手が回答に迫っているという確かな理由のあるときに
限ります。あるいは、同じ問題を学んでいて、互いに質問しあったりすることで、各々の学習が発展する可能性があるときですね。
「辞書にあることは質問するな」
お勉強の真似事をしていたわたしに、この基本的な人さまへの質問の最低の基準を叩き込んでくれたのは、
就職先の上司でした。がくもんの現場ではなくて。
なんてぬるいお勉強の場にいたのでしょう。いや、わしがぬるかっただけです。

というわけで、改めてフランス革命の周辺を学びなおさないと、ここに集う皆様とちゃんとコミュニケーションできないもん。

フランス革命、あるいは革命の最も重要なことは、現行の政治の矛盾を、力でもって解決に導くことだと理解
しています。
18世紀フランスの、アンシャンレジームの枠の中で虐げられた人々がおり、かれらが、彼らと彼の子等にとって
よりよいよい国づくりの仕事が革命ではないのでしょうか?
ですから、革命の最も重要な評点は、人民の望む国家の建設にいかなる寄与ができたか、だと思っているわたくしです。

学びなおしたいポイントと自分への質問事項はこの一点、「いい国ってどうしたらできるの?そのためにたぬができることってある?」です。
そんでねえ、この質問のための前提は、たぬはどうやら政治的にも性的にも支配されちゃってる側にいるんだけどどうする? ってとこ。
まあ、あたし前世は男爵令嬢で、ベルサイユで踊ったり歌ったりしてたんだから、ココロは腐っても第一身分。だもんで今、第一身分みたいなひとの気持ちを慮ったりばかりしてもいいんだけど。
どうしよっかな

ヴァンデの人々の思い
たま(242) 投稿日:2000年9月9日(土)11時09分
えりりんさま
掲示板でははじめましてです。
また「もんべる掲示板」にお集まりの皆様。はじめまして。
ヴァンデ戦争とふくろう党蜂起に興味を持っている者でございます。
フランス革命史観やヴァンデ戦争について話題になっているようですので、 ついしゃしゃり出てきてしまいました。
 
フランスのヴァンデ戦争関係のサイトには、確かに王党派が運営する政治的、イデオロギー的な傾向の強いものもあります。
ギンネコさまがご覧になったヴァンデ県のサイト(たぶん)に関して申し上げますと、ヴァンデ県代表の議員で、大層住民に人気がある、フィリップ・ド・ヴィリエ氏は徹底した右派であり、革命二百周年にはヴァンデのジェノサイドを告発する本を出版しております。またヴァンデ戦争を始め、ヴァンデ地方の歴史をたどる「音と光のショー」を企画したりして、かなりの成功を納めております。
ヴァンデ戦争についてふれるのは一つは彼の政策でもあるのですが、かの地の人々が共和国軍による虐殺を忘れられないのは当然のことと思われます。
実際にヴァンデ戦争の舞台になった地域を尋ね、史跡を訪れると、その生々しい悲惨さが決して過去のものなどではないことがよくわかるのであります。
確かに住民と戦闘員の区別がつかないゲリラ戦に対抗する場合、正規軍としてはその地域を村ごと焼き払い、住民を皆殺しにするしかないというのは、戦史が証明しているところでもあります。
しかし、同国人でありながら、なぜヴァンデはあれほどまでに弾圧され、勝利した革命側の史観のせいで、後々までさげすまれねばならなかったのだろうかという釈然としない思いが残るのも確かなのです。
 
まとまりがありませんが、続けると長くなりますので、今回はこのあたりで。
えりりんさま、ヘビーなかきこみをしてしまい申し訳ありません。(^_^;)

革命と反乱
ヨッシー(241) 投稿日:2000年9月9日(土)01時07分
>えりりん様
お久しぶりでございます。えりりん様。
昨日(もう一昨日ですが)まで、仕事の慰安旅行で北海道に行って来ました。
北海道にはスキー修学旅行で高校時代に行ったきりでして、観光で行くのは始めてでしたので大変楽しかったです。 

皆様の意見をお聞きして思ったのは、 結局、革命と反乱って紙一重なんだということです。
成功したからこそ革命と呼ばれて尊ばれてその成果を強調されますが、失敗したら反乱としてただの事件として片付けられて、統計的な数字だけが弾かれてお終いということも少なくありません。
なぜこのような反乱が起こったのかという原因究明も曖昧なことも多いような気がします。
そういった意味で、勝った側の歴史ではなくて、負けた側の視点に立って歴史をみてみるということは
いいことではないでしょうか?
 

めまぐるし〜っ
keitee(240) 投稿日:2000年9月9日(土)00時48分
こんにちは。

なんか、ちょっと忙しくしてると話が見えにくくなりますな。(^_^;)
斜怪人にはつらいわ(笑)。

え〜と。

ざっと見て(←失礼な)、私なりに感じたこと書かせていただこうかな。

*学ぶ

・・・これは僭越ながら、私の体験から言わせていただくと。
「誰かに教えてもらう(=楽をしようとする)」っていうのは身に付かない・・・のではないかと。うわーうわー。

自分で興味の持った時代や地域がありますよね?
そういったものを取り扱った「取っ掛かり」の本の後ろを見れば参考だの原典だのが必ず載っていると思うのです。
まずはそこから辿り出す。
それが、webでいうリンク状態になっていて、一冊読めば次に当たった本で、更に何冊か新しい参考に出逢い・・・。
気が付くとけっこうな数に増えているはずだと思うんですよね。
知識がある程度付くと、同じ事象を取り扱っている本でも、Aは良書でBは悪書みたいな見分けも付くようになるし。
だいたい、書いてあることを鵜呑みにするようなヒトは歴史向きではありませんが。

妄想でも幻想でもなんでもいいから(^_^;)、とりあえず、自分の「考え」というものを、権威からの洗脳ではなく持つ必要があるんぢゃないかなぁ。
もちろん、素人の分際で「精確な(正確ではなく)」検証などできるはずもありません。それは追々、学ぶ過程で精度を増していけばいいのではないでしょーかね?
とりあえず、「勉学に近道(王道に非ず)無し!」は金言かと。

*フランス人にフランス革命を振る

なんだろう、私がいつも不思議だなぁと思うのは、イギリスやアメリカやフランスが行った侵略行為や残虐行為はさっさと精算されてしまうのに対して、なぜか日本やドイツという、「国際的いじめられっこ」国はいつまでも許されないのだろう?ということです。

もちろん、日本は対中国、対韓国に完全なる補償を行ったとは言えません。でも。
きちんと責任を果たしているドイツにすら、まだ許しは与えられていないのを考えると、限度問題になっちゃうんぢゃないかな〜と思います。

ハッキリ言って、南京大虐殺は人道にもとる行為でした。
だけど、同じようなことは過去に欧米諸国によっても行われているのです。その補償はほとんど何もされていません。
誰もそれを弾劾しない。自分たちだけがきれいな手をしているような顔をして、日本の戦中行為をいまだに非難する国々はどうかと思います。片手落ち・・・ではないかなぁ。

日本は鎖国してたから、実際に諸外国に非道を行った期間は欧米のどこよりも短いのよ。どう考えても。きゃつらなんか、大航海時代だかなんだか知らないけど、15世紀頃からやりたい放題やってんのよぅ!!(>_<)

別に右翼ではないけど(^_^;)。
そんなことを、思ったりしました。(笑)

同国人のジェノサイド
キクフジ(239) 投稿日:2000年9月8日(金)23時29分
★ギンネコさまへ
とんでもありません。通りすがりのわたしの書き込みなど、軽く読み飛ばして下さいな。
ギンネコさまはヴァンデ関連のサイトもチェックされたのですね。語学が堪能なのはうらやましいかぎりです。わたしもヴァンデ戦争については、只今勉強中なのです。
わたしのほうこそいろいろ教えて頂きたいです。

やっぱり歴史は難しい・・・
ギンネコ(238) 投稿日:2000年9月8日(金)21時39分
さゆり様、はに様、キクフジ様、海音様、
勉強不足の私の素朴な質問にお返事下さって、ありがとうございます。
話の流れで不自然でなければ、フランス革命のことについて尋ねても特に失礼にあたらないとわかり、安心しました。
 
 キクフジ様の「フランスの現体制が革命の成果に立脚している以上、フランス革命を正当化するのは当然」というところ、なるほどな〜、と思いました。だから、革命記念日に派手な軍事パレードを行うのですね(笑)

 はに様のおっしゃる「歴史」と「政治」の区別、結構気を使います。今、中国語サークルに入っているのですが、中国人の先生と雑談するとき、すごく神経を使うのです。 政治の話はもちろんしないのですが。
 旅行の話で、先生が「大連市では、旧植民地時代の建造物が利用されている」と話したところ、生徒の一人が、「韓国では朝鮮総督府の建物を取り壊すそうですよ。中国では取り壊さないんですか?」なんて尋ねたんですよ。もう冷や汗ものでした。
最近の新聞に、「沖縄返還時の密約について」(核の寄港だったと思う)とか、「朝鮮総督府の文書の公開」とかが掲載されていましたけど、両方とも問題を現在に引きづっているので、やはり歴史というには時期尚早なのでしょうね。ドイツでもナチス時代の戦後補償がまだくすぶっているので、同様のような気がします。

さゆり様のおっしゃる「大衆が集まると常識を逸脱した行為を平気でし、時には想像を絶することを引き起こす・・」
やはり脛に傷を持つ日本人の一人として痛いところですわ・・ 

海音さんの、アルザス地方の建物の話、初めて知りました。
「国境沿いの地方では、フランス革命に関しては”巻き込まれた”意識があった」
そうだろうなあ、という気がします。

「地方の温度差」について、どうしても気になったので、検索エンジンを利用してヴァンデの内乱についてHPを探しました。客観的に史実を時系列に並べたり、人物紹介をしているサイトもあれば、「思いこみ」の激しいサイトもありました。(ふくろう党っていうんですか?)
ちょっと驚いたのは、ヴァンデ県の公式サイトかどうかわかりませんが、構成から考えてどうも「お役所がらみのサイト」での、ヴァンデの内乱についての解説に被害者意識が見え隠れするんですよ。
共和国軍は、ヴェンデの住民のゲリラ活動を防ぐために、森林の伐採を命じたらしいのすが、それでは追いつかず、火を放ち、ヴァンデ北部は焼け野原と化したそうです。当時の文書も掲載されていましたが、婦女暴行がまかりとおり、子供は銃剣でつきさされ、この世の地獄絵だったそうです。(古い時代のフランス語だから読みにくい上、内容が内容だから、読むと気がめいった。)
200年といえば、7〜8代前のことですよね。虐げられた歴史を持つ地域の住民感情は、洋の東西を問わずやはり同じなんだな、と妙なところで納得してしまいました。(笑)

フランス革命についての知識は「ベルばら」レベルでストップしている私ですが、これからもご指導宜しくお願い致します。

フランス人の誇り
海音(237) 投稿日:2000年9月8日(金)00時45分
ども、こんばんわ。
私の親友が、高校時代にフランスに住んでおり、
現地の学校に通っておりました。
その時に思ったことを、このように話しておりました。

フランス人は、とても愛国心が強い。アジア圏を含む、他国人が入ってくることに対してはなんら拒否をしめさないが、自分たちの国、文化、思想や歴史に、とても独自の誇りを持っている。だから、他国の人にも、「フランスってこんな風にいい国なのよ」と話す。(日本は逆に、外にはいわないけど、「日本はいいよね」と内に向かって言っているので、こもりがちな感じがする、といっていた。)革命のことも、その間にうまれた多くの思想や芸術には、とても誇りをもっているらしかった。
自分たちの国の歴史については、とても客観的な授業だった。革命についても、特にどちら派というわけでなく、自分たちの自由思想で評価するような教育方針だし(日本みたいに、隠し通したり、逆に罪悪感を植え付けるものではない)。だから、フランスの一般人には、革命のことでのしこりとか後ろめたさとか栄誉とか、そういうものはないように感じたよ。ただ、すんでた場所が、かなりスイスとドイツよりの田舎だったから、フランス革命に関しては、”巻き込まれた”意識があった。その後波乱になって、戦争ばかりになって、アルザス地方の建物は簡単に取り壊せて運べて建て直せるっていうけど、本当におじいちゃんの時代とかは、しょっちゅう戦争に追われて移動しないといけなくなったりしてたらしいよ。

なんか話の方向が違ってきましたが、触れてはいけない部分のような、
そういう感じはないと思ったといっております。
日本にとっての、江戸時代の出来事くらいの感覚だそうです。
それにしても、パリなどの都市の市民の感覚と、ちょっと離れた田舎に住んでた人の感覚は、結構違ったのでしょうかね。

まったく見当違いのお話だったらごめんなさい。

ところで、フランス革命は、宗教革命でもありますよね?
神を否定した革命。
オスカルは、たぶん敬虔なカトリック信者ですよね。
・・・生きてたら・・・悩んだかなぁ。

フランス革命の評価
キクフジ(236) 投稿日:2000年9月7日(木)23時25分
みなさまのお話を興味深く聞かせて頂きました。
特にさゆりさまのお話には大いに共感するところがございました。フランス革命というと、得られる情報は革命陣営から見た史観というのがほとんどでありましょう。ロベスピエールやサン・ジュストは知られていても、カザレース(王党派の「清廉の人」、彼の亡命の後にこれはロベスピエールのあだ名となる)やバルナーヴはあまり知られていないのです。フランス革命は、紆余曲折しながらその思想を発展させていきました。と同時に、それに反対する思想も発展をしたのです。これは「反革命」という考え方です。フランス現体制が革命の成果に立脚しているので、フランス革命を評価・正当化するのは至極当然のことと思われます。しかし「反革命」の研究も大いになされているのです。フランス革命とは、「革命=善・反革命=悪」というほど単純なものではないと、わたし自身は考えています。しかし両陣営の人々は、自分達のすすむ道を微塵にも疑わず、反対陣営との妥協を一切認めないほどに高潔であったために、あのような凄惨な殺戮劇が繰り返されたのだと思います。
まとまりのない文章で失礼致しました。さゆりさまの書き込みに刺激されて、つい発言してしまったキクフジでした。

暇人はに
はに(235) 投稿日:2000年9月7日(木)20時40分
すみません。暇なもので、 またカキコしちゃいます。

私もさゆり様と同様、フランス人にフランス革命について尋ねるのは何ら問題無いと思います。ただ、フランス人に対していきなり政治ネタを切り出すのは失礼にあたりますけど。
逆に、フランス人に南京大虐殺についてどう思っているのか、と聞かれたことがあり、考え込んでしまったことがあります。

とにかく、受け止め方は人それぞれかもしれませんが、フランス人は歴史にしろ、政治にしろ、自分の意見というか見方というものがきちんとある気がします。

またまた登場(笑)
さゆり(234) 投稿日:2000年9月7日(木)15時59分
こんにちは。私の意見に反応して下さった方、どうもありがとうございます。
またもやちょっと話を変えてしまいますが、お許しください。

>ギンネコさま
わたしは図書館などの本を片っ端から読んでいくため、どの本にどんなことを書いてあったか覚えてないのです。すみません。。。詳しく説明できるかどうか分かりませんが、わたしの知ってることをちょっと書いてみますね。
「大衆」というものは、一人では何もできませんが、大勢集まると常識を逸した行為でも平気でし、その力は時として想像を絶する事を引き起こすという性格を持っています。(私もモチロンその一人ですが、そうならないように気をつけているつもりです。つもりだけかも(汗))ヒトラーを支持したドイツ国民が顕著ですよね。後で冷静になってみると、どうしてあんなことができてしまったのか。愕然としてしまうけど、その時は正義を行っていると確信してて迷いが全くないんですね。一種の宗教のように。施政者はモチロンこの点をうまく利用して行く必要があります。特に大きな変革を起こそうとするときは。
ですので、フランス国民は、あんなこと(王家を断頭台に送った)をしてしまったことを後悔すると同時に、そのように自分たちを先導したリーダー(ロベスピエールなど)を恨むわけです。「あいつさえいなければ」と。それは違うと思うんですけどね、わたしは。でもそうしなければ救われない、というのもあるのでしょう。ヨーロッパの国は王室の残ってる国が多いですし。そういうのを見るたびに感じるものがあるかも知れないですね。特に王室ファンの方々は。(笑)
日本にはそのような歴史がないのでちょっと分かりにくいですが。まぁ、みんなで天皇一家を処刑してしまった、と想像したら分かるかなぁ。。。後悔しちゃいそうでしょ?でも、自分の国の中のことですからね。外国の方に質問されても「触れられたくない」とまでは思わないような気が。。。これは個人差でしょうが。

>たぬきさま
ご自分で勉強なさるんですね。がんばって下さい。歴史ものの物語とかを読むと軍資金調達の話とかたくさん出てくるし、分かりやすいと思います。あえて言うなら、「借金」というよりは、「権利を与えて金を得る」という感じですかね。国民はモチロン、そんなことは知らされません。知られちゃ、大事(おおごと)ですよ(笑)

ヅラO様…
miki(233) 投稿日:2000年9月6日(水)23時11分
>Geshi様
疑問へのお答えありがとうございました。
やはり、ズラO様でしたか?お洋服も着脱可能なのですね。
A君から想像すると…多分…です。
しかし、あのシリーズはあとF伯とA陛下もあったはず。
やはり、入札は止めておきます。
でも、オフ会の話題つくりにはあれは欠かせませんでした。
なんとあのA君一体で、3時間は10人の「ベルばらおたく女性」が夢中になれましたもの〜。
おそるべし、侮れないア○ヒ玩具(でしたよね)!

>アナスタシア様
もし週末の時、お返事が頂けるなら、日本語で読める(私、外国語はチョット…)修正主義の本をご紹介いただけると嬉しいです。だって、私の学生時代は修正主義なんて、
講義していただけませんでしたわ。せいぜい、桑原先生とかでした。
(↑古すぎるな〜)

ご清栄のことと、お慶び申し上げます
はに(230) 投稿日:2000年9月6日(水)22時30分
おひさしぶりです。覚えてらっしゃいますでしょうか?
夏休みを利用して、日本へ出稼ぎ帰国しておりましたはにです。
皆様お忙しいようですが、私は申し訳ないくらいひまです。
学校が始まるまでの2ヶ月間、何の予定も無くパリにいますので、どなたか旅行に来られる際にはお声をお掛け下さい(笑)。

お話変わります その2
海音(228) 投稿日:2000年9月6日(水)21時47分
>Geshiさま、えいこさま
Yahooのオークションで、メモリアルBoxの方はよくみるのですが、
メモワールは全然出てきませんよね。

私は、自分の足で探し回っても、やはりみつけれず、
ネットの中古CD店で探し回りました。
といっても、ネット上で公開してない在庫っていうのが結構あるもんです。
だから、在庫問い合わせのできる店なら、メールで聞いてみたほうがいいかも。
時に、「今は在庫はないですが、流れてきたときにはご連絡します」という親切なところがいくつかありますので、そういうところにはお願いしておくとかかってくれるかも。
掲示板付きのネット中古CD店とかなら、
掲示板で「探しているんだよー」といっておくと、個人の方が教えてくれちゃうこともあります。

結局、東海地方にすむ私ですが、大阪の個人の方から、中古CD屋さんに発見のしらせをいただき、
その方のご好意で、ストックして送っていただけたという経緯です。
その方がCD店に行く交通費も合わせても定価ちょっと程度で手に入ったので、これはわりとラッキーでした。

根気で頑張って下さい!!
私も、引き続き情報集めてみます。

>DVD
いやー、BOX1ってのが気になっていたのですが、やはり、1〜20話までの収録だそうで。
ってことは、BOX2が出るということで、
所要金額は倍か〜〜〜〜っっっっ。
んー、高いっ!

『首飾り事件』の王妃
キクフジ@川崎(227) 投稿日:2000年9月6日(水)21時01分
★えりりんさまへ
『首飾り事件』当時の王妃はまったく孤立していました。このころ
王妃の寵臣集団の専横が甚だしかったので、彼らに都合のよい人事の推挙を遠慮するように大臣たちから諫言を受けた王妃は、プチ・トリアノンの宮廷人たちの人事への口添えをやめることにしました。
(それほど人事に容喙する王妃の評判が悪かったわけです。さすがに王妃も諫言を容れました)
すると狡賢い寵臣たちは、今得ている財産を失うことを恐れて、またこれ以上王妃の側にいても得るものがないと考えて、王妃のもとから去っていきました。彼らはポリニャック夫人のサロンかジェヌヴェリエ城(ヴォドルイユ伯の居城)に集まり、王妃抜きの生活を始めました。
とくにヴォドルイユは露骨に王妃を無視し始め、ヴォドルイユが居るときはポリニャック夫人のサロンに行くことを王妃は遠慮することになりました。あるとき王妃はポリニャック夫人に、自分が遊びに行くときはヴォドルイユを帰らせるよう願いましたが、ポリニャック夫人は「王妃様がわたくしのもとをお尋ねになる自由があるのと同様に、わたくしも自分のもとに好きな人を呼ぶ自由があります」と答えて、王妃の望みを拒否しました。
で、わたしこんなお話しか出来ませんが、よかったでしょうか?