「Mr.レディー Mr.マダム」・・なぜか子供のころテレビで3回くらい見た記憶があります。なつかしいな。たしかこれハリウッドでリメイクされるんですよね?
それはともかく、ずいぶん話題が飛んでしまってすっかりお答えのカキコが遅くなってしまいました。もういい、という方もいらっしゃるかもしれませんが、お約束ですので書かせていただきます。
>たぬきさま ヨーロッパにおける資金・人・物の流れは封建時代から大規模に国境を越えておりました。だからこそ、中世のフランスやドイツは商品需要に対する大幅な供給不足を地中海貿易、バルト海ぼうえきによってまかなうことができたのです。 中世の貿易によって急速に富裕化したイタリア商人は、その商取引経験の蓄積でさまざまな会計技術を磨いていきました。具体的には為替の発行、帳簿のつけ方、貨幣の計算といった実務経験。 中世の北ヨーロッパでは地中海に比べてこうした経験をもった大商人や商社が不足していたため、フランスの王権はイタリア商社の実務能力と豊富な資金力に頼っていました。つまりフランスの財務管理を事実上外国商人にゆだねていたことになります。 イタリア商人たちがフランドル伯、神聖ローマ皇帝などに金銭上の処理を任されたときの役職が「代理人」「徴税請負人」という言葉になるわけで、「商業顧問」という地位も一種の名誉称号だったわけです。 このあたりのことについては: 清水廣一郎『中世イタリア商人の世界−ルネサンス前夜の年代記−』平凡社に詳しいです。 経済思想的な問題は:岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』ちくま学芸文庫などが面白くて分かりやすいでしょう。
16,17世紀になると、フランスも大陸間(ヨーロッパ・アフリカ・北アメリカ)貿易によってマルセイユ・ボルドーなどの商人が台頭し、彼らの貿易取引量や会計上の実務能力は向上していきます(ポール・ビュテル著、深沢克巳・藤井真理訳『近代世界商業とフランス経済』同文舘)
しかしフランスの商人以上に貿易・金融取引の上で活躍したのはオランダ商人でした。 オランダは海軍競争に敗れて多くの植民地を失ったにもかかわらず、(1)銀行などの金融機関を発達させ仲介者としての役割を果たしたこと、2アムステルダムを中心とする港湾都市が商船の求心力を保ったこと、によりヨーロッパにおける資金流通において大きな地位を占めます。このオランダの金融機関を通過したのはイギリス・フランスなどの外国の貿易資金であり、その仲介利益がオランダの懐に入ったわけです。
ではイギリスとフランスでは資金調達の面でどう違ったのか?(次に続く)
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